あけましておめでとうございます。
昨年はいろいろお世話になりました。
我がアトリエは生まれ育った街の商店街の一角にあり、
毎日、人々の暮らしを感じながら仕事をしています。
ショーウインドウの大きなガラス越しに光や風、通り
を行く人々の話し声、街の音、風景、緩やかな時間の
流れを感じています。
これからも、日々の暮らしに寄り添いながら、ものづ
くりをしていきたいと思います。
1989年、ギャラリーミキモトで開かれた猪熊弦一郎展「FACESⅡ」カタログより
顔
今年も顔の連作になってしまった。描くうちに丸の中の目、眉、鼻、口をど
う位置づけてゆくかが面白くなったのだ。同じものにならないように考えな
がら筆を走らせてゆくのだが、描けば描くほどむずかしくなり、描けば描く
ほど面白くなるのだ。不思議だ。私はその作品が別に具象とか抽象とかいう
枠の中のことはいっさい考えないで、ただ丸とその他の組み合せて頭の中の
形体に対してこの友交を深めて行った積りである。
描いてみると、自分自身の力のサイズが自ずから解って来るようで自分なが
らたいした事は出来ない事が良く解った。絵はおそろしいもので、その人の
力いっぱい、それ以上の事は出来ない。自分が裸体になってそのままの生体
をさらけ出しているのが現在の作品であるから、良いも悪いもいかなる形式
を使ってみても、これが私の正直な姿である。今となれば、一枚でも多く思
うがままに勇敢に描き進む以外にないように思われる。
最近50年ぶりにパリを訪ねポンピドゥー・センター、ピカソ・ミュゼ、その
他のパリに誕生した新しい建物を一つ一つ丁寧に見て来たが、どの作家も自
分の持っている力いっぱいに自分を出し切っている姿に接して、感動させら
れた。何でも自分の力いっぱいに出し切り続けた時に、初めて他の人をも感
動させるものになる事を再び強く知った。
1989年10月16日
猪熊弦一郎
今年もよろしくお願いします。
I 設計室 伊藤嘉浩